2019年、幾度とない苦労を乗り越え新規開発されたアイチコーポレーションを代表するスカイマスターシリーズの次世代のフラッグシップ製品「スカイマスターSH15C」が発表された。
SH15Cは、主に電気工事や配電工事で使用され、電線の交換や設置作業などにおいて活躍する作業高さ15mクラスのトラックマウント式高所作業車だ。電柱や電線は、現代における私たちの日々の暮らしにおいて必要不可欠な電気を供給し続けるためのインフラ設備だ。特に台風や地震など自然災害の多い日本にとって、あらゆる現場へ素早く現場に駆けつけ、作業者の方々の安全で効率的な復旧・メンテナンス作業をサポートする高所作業車は、電気設備業界にとってなくてはならない存在になっている。
アイチコーポレーションの高所作業車の歴史において、発売以来およそ14年の長きに渡って現場を支え続けてきたのは「スカイマスター SH15B」。アイチコーポレーションの主力商品の一つ、スカイマスターシリーズを象徴する製品だ。
「SH15Bは、お客さまである作業者の皆様にとって”空気のような存在”と言えるくらいそこにあって当たり前と思って頂けるような製品。裏を返せば、それほど現場に浸透した特別な高所作業車だと思います」
そう語るのは、本開発プロジェクトにおいて営業部門のプロジェクト・リーダーとして抜擢されたM・Nだ。同氏はアイチコーポレーションに入社後、同社の海外拠点で設計を担当した後に日本へと戻り、技術職から営業職に転身した異色の経歴を持つ。技術領域からセールス・マーケティング領域まで、その双方に精通することを強みに持ち、若手ながらこの一大プロジェクトに抜擢された。「当時、私にとってこのような大きなプロジェクトに参画するのはもちろん初めての経験。右も左も分からない中での参画だったが、この経験はきっと将来の自らの経験において”貴重な糧”となる」と当時の決意を語った。
”現場にあって当たり前”の製品。そのSH15Bの後継機ともなれば、開発の構想段階からお客さまから期待の声も多く、社内外含め大きな期待が寄せられる一方で、この一大開発プロジェクト成功の命運を握るプロジェクトのメンバーへの重圧も必然的に大きなものへとなっていた。
Market Reserch市場調査・企画 編
01Project お客さまの声から見えてきた製品の理想形
M・N
営業企画部 企画統括課
T・F
商品開発部 商品設計一課
スカイマスターを象徴するSH15Bの先に
受け継がれるDNAに
新しい変化の風を吹かせる
「現場で作業者の方々の命の危険性がなくなるように」
アイチコーポレーションの創業者である鈴木作次郎は、高所作業車をはじめとする特殊車両のメーカーとして、企業の中心にそんな想いを据えた。アイチコーポレーションの事業目標にもある「作業環境創造企業」という言葉は、単にアイチが車両を作るだけでの企業ではなく、安全・安心で効率的な作業環境をつくるという企業姿勢を表している。そうした精神は、新規開発のSH15Cにおいても宿っており、本開発プロジェクトにおける目指すべき指標として「安全性・環境対応性・生産性」の3つのテーマが据えられた。
そして、本プロジェクトを推進していく上で、開発総責任者(Large Project Leader / LPL)のT・Fは、あることを意識し続けたという。それは営業・設計・生産など、異なる立場を代表するプロジェクト・リーダー達が立場を超えて、プロジェクト遂行中は、いつも同じ目線、同じ想いを共有し続けながらフラットに議論し続けられる場を基本とすること。「PL会議」と称されるこのミーティングは、週に一度、T・Fに加えて各セクションのプロジェクト・リーダーが集まり、プロジェクト遂行中、日々、目まぐるしく変わる幅広いテーマについて、同じ場所・時間、同じ空気感を共有しながら議論を続け、最終的には開発構想段階から量産化構築に至るまで、そのミーティングは続いたという。文字通り各セクションが手を取り合ってプロジェクトの完遂を目指すこととなった。
各セクション一体の会議が新たな道を拓く
フラットな立場で意見を言い合う
協働体制こそ成功への鍵
本プロジェクト・チームを指揮するT・Fは、これまでに同社において数多くの開発プロジェクトに携わり、設計、企画、チーフエンジニアなど様々な肩書き、幅広い知識・経験を兼ね備え社内の信頼を集める人物だ。
「一長一短がある」。今回のプロジェクト推進手法を改めて尋ねると、T・Fは少しの沈黙の後にそう答えた。通常であれば、営業・設計・生産など各セクションが担当領域を明確にし、プロジェクトの序盤から終盤までを各セクションで役割分担しながらバトンを託していくように進める推進方法は、各セクションの責任領域とプロジェクトの進行管理も明瞭になり、特定のミッションを遂行する上でもチーム・マネジメントも遥かに図りやすいだろう。
一方で、本プロジェクトにおけるT・Fの推進方法は対極だ。まさに、プロジェクトの序盤から終盤まで、終始同じ顔ぶれで完遂していく推進手法では、構想段階から各部門の意見が反映され、常時、専門的な知見が集まり横断的な議論を可能にし、プロジェクト遂行中での大小様々な気づきをダイレクトにスピーディーに共有・把握・解決へと導くことができる。その一方でミッションを遂行する上でのチームとしてのマネジメントは遥かに難しいものになる。「スケジュール管理がとても難しかった」そう語るT・F。しかし、その目はデメリットを上回るメリットと必要性が本プロジェクトにはあったのだということを感じさせた。
T・Fのもとでプロジェクトの初動を担ったM・Nは、最初の重要なミッションに取り組んでいた。それは新規開発する新たなスカイマスターに搭載する機能を検討し、次世代のスカイマスターを象徴する特徴をアイデアにすることであった。一括りに高所作業車と言っても、それぞれの車両が活躍する現場環境は様々だ。そして、作業者の方々の車両操作に対する修練度も異なる。そんな中、すべての作業環境に適用しながら、すべてのお客さまが求める機能や装備をたった一つの車体に実装することは不可能だ。「バランスが大切」そう答えるM・Nの言葉通り、幅広く異なる無数の機能が同居するメカニカルな集合体である高所作業車においては、ただ単純に求められる機能を搭載することが新規開発の道のりではなく、あらゆるニーズを網羅的に吟味しながら、最終的に搭載するべき機能や改良点を絞り込み、たった一つの車体にすべてを同居させる必要がある。それこそがM・Nの言う”バランス”という言葉に集約されている。
優先順位とバランス。それをどのように決定していくべきなのか。M・Nは、開発プロジェクト当初、全国の営業支店に集約されたお客さまの声を拾い集め、ときにはお客さまの元へ赴き、現場の生の声に耳を傾け続けたという。
営業企画の手腕が試される
あらゆる手法で行われた
マーケティング調査
事前のマーケティング調査では、テレマティクス機能を持った遠隔モニタリング及びデータ活用サービスに使用される同社が開発した独自システム「SMIL®️(スマイル)」も活用されたという。「SMIL®」は、主に同社製の車両がどういったロケーションで運用され、車両の稼働状況、稼働中のエラー表示や警告など、作業者の安全と作業効率の向上のために管理者のデータ活用のため役立っている。M・Nは、この「SMIL®️」に蓄積された膨大なデータを紐解き、お客さまの見えない声を拾い上げ、どのように作業車が使用され、どのような部分が作業車として物足りない部分なのかを分析することで、マーケティング・データとして活用・整理を行ったという。
さらに「SMIL®️」だけでなく、マーケティング調査においてM・Nが最も重要なのが、お客さまの生の声を聞くことだったという。製品開発において最も重要なテーマの一つ「安全性」をさらに高めるため、業界全体の過去の事故情報を洗い出し、つぶさに調べながら、SMIL®の情報をベースに特に参考になりそうなお客さまへは実際に訪問。事故をなくすためにどのような取組みを行なっているか、課題は何かなど、現場の生の情報を集め続けたという。こうした調査は、メールやアンケートでも代替可能な調査にも思えるが、M・Nが大切にしたのは”作業者の方のお話しする際の熱量”だという。文字情報では拾いきれないお客さまの熱意を感じ取ることが重要なのだという。
そして、結果的に数十回のヒアリング調査を実施し、数百の情報が集まった。ここですべての課題に対して、個別の解を検討することはできない。M・Nが意識したのは”最大公約数”だという。「大小様々な課題をお聞きする中で、調査を続けると異なる場所での近しい意見が見えてくる。」そう語るM・Nは、必ず実現したい要望、喫緊の課題など、要望を整理しながら、次世代のスカイマスターに搭載するべき機能の構想となる案を導き出していったという。
焦点が定まっていく次世代の
「SH15C」の輪郭
見えてきた「立ちはだかる大きな壁」
M・Nの活躍によりSH15Cを構成する主要な要素が少しずつ定まってくると同時に大きな壁も見えてきた。
中でも多くの要望があり、外せない機能としてM・Nが考えていたのが「無段階アウトリガー」だ。”アウトリガー”とは、車体の側面から腕のように伸び地面に接地することで作業中の車体を支える重要な柱の機能を果たす。従来は、このアウトリガー部分の伸縮は4段階の調整機能がついていたが、本プロジェクトにおいては、その制御を無段階で調整可能にする。アウトリガーを伸ばすほど車体は安定し、逆にアウトリガーの伸縮を最小限にすることで、狭い道路幅での作業が可能になる。今回の無段階制御によって、あらゆるスペースで最大限の安定性を確保しながらの作業が可能になり、望まれてきた制御であった。これによりお客さまの作業効率性が高まることになる。
また、環境対応性というテーマに応えて、従来は選択式の装備として展開していた高効率型バッテリーユニットを今回のモデルチェンジを機に標準装備とした。高効率型は、エンジンを切ってもバッテリーのみで長時間作動可能で、燃料消費と排気ガスの量を抑えられる。さらに作業時の周辺の住宅環境への配慮から静音性を高めることが可能になる。従来まではコストなど様々な問題から選択式としていたものを、SH15Cの開発を機に一本化しようという決定がなされた。これは環境対応への方針をより強めていこうとする、アイチコーポレーションの一つの決断であった。
プロジェクト遂行中は、期限、コスト、品質の安定性、量産化対応など様々なことに頭を悩ませることになる。しかし、困難に直面したときに、プロジェクト・メンバーが立ち帰ることができる共通の価値観、軸があることが重要なのだとT・Fは言う。そのために掲げられた「安全性」「環境対応性」「生産性」という3つのテーマ。
スカイマスターSH15Cの開発プロジェクトは、まだ始まったばかり。
プロジェクトを支えるLPLの存在感
こうした大きなプロジェクトを通して、絶えず頭を悩ませたことは何かと聞くと「SH15Cに寄せられる様々な大きな期待の中で、品質とコスト、安全と作業効率をどのようなバランスで両立させ、同時にそれらを融合させながら一つの製品を形作っていくかということだった」とT・Fは答えた。当然、機能的にはずせない部分、品質が優先されるべきところについては、部品や製造に関するコストが膨らむ。新しい機能を考え、同時に品質を高める一方で、コスト削減への努力を行う。
機能・品質・コスト、それぞれを軸に検討領域が多岐に広がる。だからこそ、T・Fがプロジェクト推進において部門間のセクショナリズムを排した背景がそこにあったのかも知れない。コミュニケーションは、縦割りではなく横断的に。異なる視点でフラットな立場で自由闊達な議論が展開される。そのコミュニケーション・スピードは相当なものと想像できる。
一方で、そんな週に1度開かれるPL会議の雰囲気について「とても風通しの良いものだった」とメンバーは口を揃える。その背景に垣間見えるのは、人好きのする笑顔で受け答えをするT・Fの姿とオープンマインドなリーダー像だ。プロジェクト遂行中、開発総責任者として機能・品質・コストへつねに目を配りながら「かっこいいものをつくりたいでしょう?」と語るT・Fの目は、最も重圧を感じていたであろうLPLとしての役割を全うしながらも”楽しむ”というマインドを感じさせる。「アイチは、小さな一つひとつの部品から検討を重ねて、大きな車一台をつくる会社。それら全てが私たちの領域。アイデアが生まれて、それが形になるまでの全てに携われるというものづくりの醍醐味を味わえる。だからこそ、完成したSH15Cをお披露目する新製品の展示会でお客さまから声をかけられた『アイチってすごいですね』の言葉が嬉しかった」とT・Fは語った。
そして、プロジェクトの序盤で重要な役割を担ったM・Nは、プロジェクトを振り返り「”お客さま目線を第一に”、私たちは職種を超えて皆が自然とその価値観を共有できている。それがアイチらしさだと感じますね。また、プロジェクトを通して”人と人のつながり”の重要さを強く実感しました。お客さまはもちろん、社内が部署を超えて密接につながることで大きな壁を越えることも可能なんだと肌で感じることができました」と語った。そして、「スカイマスターはこれからもどんどん進化させていきながら、お客さまに寄り添う製品であり続けないといけない」と使命感を滲ませた。